2006年02月20日

じゃによって、たまさか

営業マンは弁が立つ方が良いのか?これには賛否があると思います。

学生の頃、
「つっちゃん(私のあだ名です)は口が達者だから、絶対営業に向いているよ」
と友人に言われたことがあります。
果たして、私は営業という仕事に就いてそれなりの経験を積みました。

その中で、口が達者であることが営業マンにとって必要な能力であると
感じたことは一度もありません。むしろ、"口は災いの元"であることが多い。
余計なことをしゃべって大事な受注を逃してしまったり、
お客様の感情を害してしまうようなことが多々あったのです。

だからといって、営業マンに弁が立つ能力は不要とするのは極論になってしまいます。
乱暴な表現をすれば、営業の仕事は"モノを売ること"に尽きます。
広告を見たお客様がホイホイお金を持ってきて下さる商売でもあれば別の話。
そうでない場合は、人を介在させなければお金をいただけない。
それゆえに営業マンが存在するのです。

そして、当の営業マンはお客様の目を見ただけで説得できる超能力でも持たない限り、
説明をしたりデモをしたり、質問に答えたりしながら、口と身体を使って
お客様に納得してもらうための説得を試みるわけです。
(もちろん、説得するために最も使わなければならないのは「頭」です)

少々、持って回った表現になってしまいました。
そもそも、”口が達者である”ことと”弁が立つ”ことは
別物であると定義した方が良さそうです。

そこで、弁が立つことを限定的に”お客様を説得することができる力
(以下、説得力)を持つ”こととします。
その意味において、営業マンは弁が立つ方が良いと言えるでしょう。

では、どのようにしたら”説得力”は鍛えられるのでしょうか。
残念ながら、一朝一夕で身に付く能力でないことは周知の事実です。

例えば、伝えたいという情熱をどのように持てばいいのか、
伝えるべき本質をどのように掴めばいいのか、
お客様にわかりやすいロジックをどのように展開すればいいのか、
お客様の本音をどのように引き出せばいいのか・・・。
ハウツーを挙げ連ねていくだけでも、多くの営業研修のテーマができそうなほどです。

”説得力”を身につける道は遠く険しい。まずはそのことを知る必要があるでしょう。
その上で、一つ心がけるべきことがあるとするならば、
声や表情、話すスピードや言い回し、ジェスチャーや言葉のやりとりの「間」など、
自分でコントロールできる所作の一つ一つを、仇や疎かにしてはならないということです。

自分で考え工夫を重ねていくのはもちろんのこと、
”説得力”ある人の所作を真似ることも肝要です。
手前味噌な話になってしまいますが、
私は尊敬する先輩や上司が利用する言い回しや身振りを積極的に真似ようとしました。

卑近なところでは、「持って回った言い方をすると・・・」、
「似て非なる話・・・」、「僭越ながら・・・」など、
私が好んで使用するクッション言葉の大半は先達から取り入れたものです。

さて、先日同行していた営業マンが
「先ほど、たまさか別のお客様で同じ話を伺ったのですが・・・」
とお客様に話し始めました。(”たまさか”は「たまたま、偶然」ほどの意味)
さらに商談の様子を観察していると、
「経営トップが・・・」と話す時に自分の親指を立てている。

いずれも私がよく使う言い回しや身振りで、本を正せば尊敬する元上司のコピーです。
隣に座っていて内心ニンマリとしながら、
くだんの元上司が幾度となく話していた言葉を思い出していました。
「じゃによって、営業マンの一挙手一投足には全て意味があるんだよ」。


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この記事へのコメント
http://jump.sagasu.in/goto/bloog-ranking/でこのブログがリンクされていたので見にきちゃいました。また見にきまーす。
Posted by ken at 2006年02月20日 12:44
kenさん、ありがとうございました。
またいらして下さい。
Posted by unison1 at 2006年02月20日 19:58